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肉体的につらい!

雑用に雑用また雑用。辞めて大正解。

 

 

自分としてはその職場で経験を積んだり、自分の仕事がしたいと思い勤めていました。(最初の募集では経験を積める、やりがいを感じる仕事が出来るとの内容でしたで)

 

しかし、働けど働けど一向に自分の仕事がやらせてもらえず、日々雑用でした。

 

お茶くみに掃除、コピーをして、買出しへ行って、またお茶を出す。

 

毎日がそんな流でそのうち、私ではなくても誰でも出来る仕事だと感じる様になりました。

 

しかしもしかしたら自分を試されてるのかもしれないと日々辛抱しましたが、三ヶ月経過しても半年経過してもその仕事の内容は変わる事がなく、後から入ってきた人は私のような仕事をしなくて良かったので、その頃から辞めたい辞めたいと感じる様になりなした。

 

しかし周りに相談すると給料面は良いし、特に女性だし家族もあるのだから、仕事を一番に考えなくて、お給料がもらえらる場だと割り切れば良いとアドバイスされました。

 

が、自分の中ではとても虚しくて、単に雑用をしに職場へ行くことが嫌で、本当に辞めたいと感じる気持ちが強くなり、結局その仕事は辞める決断をしました。

 

後になりなかなか仕事が見つからなかったりしたので一瞬後悔しましたが、それでもあの時にあの仕事を辞めて良かったと感じています。

 

今では、自分がしたい仕事をやりがいを持って出来ているので、決断は間違ってなかったと感じています。

 

仕事に関しては辛抱する事も大事だと思いますが、三ヶ月〜半年〜1年間様子をみた上で、自分の気持ちが変わらないと感じれば、その決断は間違っていないと思います。

 

一歩を踏み出して新しいことをする事も大事です。私の場合は退社して大正解でした。

 

 

ここは日本じゃないんだなと思った会社

 

 

正直、「ここは北朝鮮に近いかも」と思った会社の話です。

 

製造系の工場での事です。

 

まず驚いたのは、面接時採用時共に説明がなく、初出勤日に作業場所に行ったら、教える人間も周りの人間も中国人だった事です。(殆どは研修生)

 

当然、完璧な日本語ではないので、細かなニュアンスがわからず、仕事を正確に覚える事が困難。

 

おかげで退職するまで、まともな製品名も品番も知らないまま過ごしました。

 

決して人種差別的な意味で嫌っていたわけではないのですが(実際に良い子達もいたので)、ただまともな指導者は一人もいなかったです。

 

そして会社の会長は、散歩に行って見つけたとかで、従業員が作業している作業台に「蛇が脱皮した皮」を投げ込んでくるような人でした。

 

皆が悲鳴をあげて逃げたのは言うまでもありません。

 

それを見てニヤニヤして更に皮を近づけてきた会長の顔は忘れられません。

 

ちなみに会長は日本人です。

 

しかしそれよりもひどいのは、その会長の奥さんでした。

 

会社の5Sで、「躾ることは叱ること」となっており(←これも入社してから知りました)、とにかく怒鳴り声がしょっちゅう当たり前の日々でした。作業を中断させて小間使いのように命令し、怒鳴り、罵る。

 

「気遣いが足りん!」と怒鳴っている本人が、1番気遣いのない人でした。

 

製品を乗せた台車を、気に食わないとこちらの作業台にぶつけて来る事もあり、皆、恐れていました。

 

私は怒鳴り声が頭から離れなくなり、不眠症になり、重症化する前にと退職しましたが、私の後釜で入った人達も同じ目に合うはずなので、そのうちまた求人が出るのではと思っています。